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千葉地方裁判所 昭和54年(行ウ)10号 判決

原告 伊東節子

被告 木更津労働基準監督署長

代理人 立石健二 堀千紘 西堀英夫 吉田克己 佐藤鉄雄 ほか三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  申立て

1  原告

(一)  被告が原告に対し昭和五〇年七月三〇日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料の不支給処分を取り消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨。

二  主張

1  原告の請求原因

(一)  原告の夫であつた伊東敏治(以下「敏治」という。)は、新日本製鉄株式会社(以下「訴外会社」という。)君津製鉄所に勤務していたが、昭和四三年一二月一七日から同製鉄所スパイラル鋼管掛に所属し、スパイラル鋼管の溶接部分のエツクス線透視による非破壊検査業務に従事していた。

(二)  敏治は、右業務に従事中の昭和四八年四月ころから、食欲不振、倦怠感等の症状を繰り返し、同年五月四日、玄々堂坂田診療所に入院したところ、白血球の異常増加が認められたので、君津中央病院、次いで東京大学医学部附属病院にそれぞれ入院して、治療を受けたが、同年一一月八日、急性骨髄性白血病で死亡した。

(三)  一般に、ある職業に従事する労働者が発病し労働者災害補償保険法による療養補償給付を請求する場合、その労働者が当該疾病の原因と認められる有害業務に従事していた事実が立証されたときは、その疾病が業務によらないとの反証若しくは他原因によつて生じたものであるとの反対の立証がなされない限り、業務上の疾病であるとみなさなければならない。

ことに、本件の白血病においては、労働基準法施行規則別表第一の二の七、10にて、「電離放射線にさらされる業務による白血病」として、既に経験則上業務起因性の高度の蓋然性を有するものとして列挙されており、かつ、放射線被ばくによる白血病の発症は、無閾値直線型であり、少量の放射線被ばくでも白血病発症の可能性があることを考えれば、放射線にさらされる業務に従事したことと、白血病罹患の事実さえ証明されれば、特段の事情がない限りその間の因果関係を認めるべきである。

本件において、敏治は、前記のように四年間余にわたつて電離放射線であるエツクス線を扱う業務に従事し、白血病に罹患したのであるから、右白血病はその業務上の事由による疾病であり、敏治の死亡は業務上の疾病による死亡である。

(四)  原告は、敏治の死亡が業務上の事由によるものであるとして、昭和四八年一一月一五日被告に対し、遺族補償給付及び葬祭料の請求をしたが、被告は、昭和五〇年七月三〇日付けで敏治の死亡が業務上の疾病によるものとは認められないことを理由にこれを支給しないとの処分(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、この処分を不服として、千葉労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、同審査官は、昭和五一年三月一日付けで右審査請求を棄却するとの決定をした。

そこで、原告は、この決定を不服として、労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、同審査会は、昭和五四年三月三一日付けでこの再審査請求を棄却するとの裁決をし、右裁決書は同年七月一二日原告に送達された。

(五)  敏治は、業務上の事由による疾病である白血病に罹患し、これにより死亡したのであるから、本件処分は違法である。

(六)  よつて、原告は、本件処分の取消しを求める。

2  請求原因に対する被告の答弁

(一)  (一)、(二)、(四)の各事実をいずれも認める。

(二)  (三)、(五)の各主張をいずれも争う。

3  被告の主張

(一)  業務上の事由による労働者の疾病とは、労働者が業務の遂行中に被り、かつ、その業務と疾病との間に相当因果関係の認められる疾病をいう。その範囲は労働基準法施行規則三五条の規定するところによるが、労働省は、具体的事案が発生した場合に、それが業務上の疾病に該当するか否かを適正かつ迅速に判定するための基準として、いわゆる「職業性疾病の業務上外の認定基準」を定めている。

電離放射線に係る疾病に関する認定基準としては、昭和三八年三月一二日付け労働省労働基準局長通達(基発第二三九号。以下「旧通達」という。)があり、これによれば、白血病は、電離放射線の慢性被ばくによつて発生する疾病として掲げられていた。旧通達は、昭和五一年一一月八日付け労働省労働基準局長通達(基発第八一〇号。以下「新通達」という。)により廃止された。新通達による認定基準によれば、電離放射線の被ばくによる白血病と認定するには、次の(1)ないし(3)のいずれにも該当することが必要である。

(1) 業務により被ばくした線量の集積線量が〇・五レムに(電離放射線被ばくを受ける業務に従事した年数)を乗じて算出される値以上の線量の電離放射線に被ばくした事実があること。

(2) 被ばく開始後少なくとも一年を超える期間を経た後に発生した疾病であること。

(3) 骨髄性白血病又はリンパ性白血病であること。

なお、業務による電離放射線被ばく線量が右の(1)で算出される値に比較的近いものでこれを下廻るときは、労働安全衛生法等の法令により事業者に対し義務づけられた労働者の健康診断のため実施したレントゲン検査によるエツクス線の被ばく線量をも加えて、右算出値に該当するか否かを判断することとしている。

ところで、白血病が電離放射線被ばくに起因するのか、他の原因によるものか、現在の医学では鑑別診断する方法がない。そのため、放射線に被ばくする業務に従事していたものが白血病に罹患した場合には、業務起因性が否定されることにもなりかねないので、新通達では、被ばく線量が一定量に達すれば白血病発生の危険も高まると考えて、前記のように、被ばく線量の多寡によつて業務起因性を推認する目安としており、これは、厳密な科学的判定方法からすれば、労働者に有利な定め方である。

(二)(1)  敏治の従事していたエツクス線透視によるスパイラル鋼管非破壊検査業務の作業場では、年二回定期的に漏洩線量の測定が行われるが、漏洩線量は、昭和四五年九月二四日に管口から四メートルの距離において一時間当たり(以下「毎時」という。)一・二ないし一・五ミリレムが検出されたほかは、常に毎時〇・〇一ないし〇・八ミリレムの範囲内におさまつており、エツクス線透視検査室内においては常態として毎時〇・〇二ないし〇・〇七ミリレムの範囲内におさまつていて漏洩線量の非常に少ない作業環境である。

(2) 被ばく線量の測定については、測定用具としてフイルムバツジが使用されている。フイルムバツジは作業員の左胸部に装着され、毎月二回ずつ回収される。敏治は、昭和四四年一月三日から同年三月五日まで作業現場でエツクス線透視検査作業等の実地教育を受け、同月六日放射線取扱者に指名されて、同日から昭和四八年五月三日までエツクス線透視による原管検定作業等に従事した。敏治は、右実地教育期間中フイルムバツジを装着しないで、昭和四四年一月に一四日間、二月に四日間、三月に三日間エツクス線透視作業に従事した。この期間に敏治を指導した上司の集積線量は、同年一月から三月上期までで三〇ミリレムであつた。この測定値を敏治におきかえて換算し、その最大値をとると五〇ミリレムである。

また、昭和四四年三月六日から昭和四八年五月三日までの期間における敏治の集積線量は、その最大値が一〇一〇ミリレムであり、その詳細は次のとおりであつた。

昭和四四年三月六日から同年一二月三一日まで一〇ミリレムが二回、一〇ミリレム以下が一八回で、最大値二〇〇ミリレム

昭和四五年一月一日から同年一二月三一日まで一〇ミリレム以下が二四回で最大値二四〇ミリレム

昭和四六年一月一日から同年一二月三一日まで一〇ミリレム以下が二四回で最大値二四〇ミリレム

昭和四七年一月一日から同年一二月三一日まで一〇ミリレムが一回、一〇ミリレム以下が二三回で、最大値二四〇ミリレム

昭和四八年一月一日から同年五月三日まで一〇ミリレム以下が九回で、最大値九〇ミリレム

(3) 敏治が電離放射線被ばくの業務に従事した期間は、実地教育期間を含めて四年四か月であつたから、新通達による白血病認定の要件の一つである被ばく線量の集積線量は、二一六六ミリレム以上でなければならないが、前記のとおり、敏治の業務による電離放射線被ばく線量は多くとも一〇六〇ミリレムであり、これは、右の二一六六ミリレムの半分以下であるから、健康診断による被ばく線量をこれに加算する必要はない。仮に右医療上の被ばくを考慮に入れるとしても、敏治の右業務従事期間中の定期健康診断による被ばく線量は、胸部間接エツクス線撮影一回の男子の被ばく集積線量が三四ミリレムであり、これを八回受けているから、合計して二七二ミリレムであり、これに前記業務上の被ばく線量を加算しても一三三二ミリレムである。また、敏治の入社以来の健康診断による被ばく線量を考慮するとしても、敏治は、昭和三一年八月七日から昭和四八年一月二二日までの間に胸部エツクス線撮影を三一回受けたから、これに前記一回の被ばく集積線量三四ミリレムを乗ずると一〇五四ミリレムとなつて、これに前記業務上の被ばく線量を加算しても二一一四ミリレムであり、これは、新通達により白血病認定の要件とされる昭和三一年から昭和四八年まで一七年の期間における被ばく線量の相当量である八五〇〇ミリレム(五〇〇ミリレムに一七を乗じたもの)の値をはるかに下廻つている。

(三)  敏治は、昭和三二年以降、胃炎、胃潰瘍等に罹患しているが、これら私病の検査のためにエツクス線照射による被ばくを受けた。敏治は、昭和三九年六月一七日から昭和四二年七月二八日までの間に一〇回にわたつて胃透視等の検査を受けており、これによつて被ばくした線量は約一万〇八六〇ミリレムに達した。この数値は、敏治が業務により被ばくした集積線量をはるかに上廻つている。

(四)  電離放射線障害防止規則四条では、放射線業務従事者の被ばく限度として、事業者は常時放射線業務に従事する労働者の管理区域内において受ける線量の総量が五レムに(当該労働者の年齢の数から一八を減じた数)を乗じた数値を超えないようにしなければならないと規制しており、これによれば、敏治は死亡当時三五歳であつたから、その集積線量の限度は、五レムに一七を乗じて八五レム(八万五〇〇〇ミリレム)となる。

また、同規則五条一項では、三か月間の集積被ばく線量の限度を三レム(三〇〇〇ミリレム)と規制しているが、本件の場合いずれの期間をとつても限度内にある。

4  被告の主張に対する原告の反論

(一)  旧通達及び新通達は、いずれも行政上の内部的判断基準に過ぎず、司法上の判断を拘束するものではない。しかし、通達の解釈が多義にわたる場合には、労働者の救済を旨とする法の趣旨に従つて合理的に解釈されるべきものであり、新通達による認定基準によつても、敏治の白血病の業務起因性を認定できる余地がある。

(二)  被告の主張する敏治の被ばく線量については、その測定方法が現段階では技術的に確立していない。また、フイルムバツジの性能については、方向依存性、潜像退行、線質特性などの特性があつて、その測定値が人体の被ばく線量を正確に反映しないことがあつたから、被告の主張する敏治の被ばく線量も正確なものではない。本件のような工業用放射線は、極めてエネルギーが高く、透過力も強い。訴外会社は、本件作業現場のエツクス線シヤツターが故障したのにこれを放置し、エツクス線電源を手動で操作させていたため、作業員がエツクス線の電源を入れたまま検査室外に出ることも十分考えられたから、敏治が背後等から大量のエツクス線に被ばくした可能性も十分考慮に入れる必要がある。

(三)  敏治のエツクス線業務従事による被ばく線量と入社以降の法令により義務づけられた健康診断による被ばく線量との合計は、二一一四ミリレムである。敏治がエツクス線業務に従事した期間は、昭和四四年一月三日から昭和四八年五月三日までであり、その間に三六日病欠したから、業務従事期間は四年と八九日となる。そうすると、新通達による基準量は、〇・五レムに四年八九日を乗じて二一二二ミリレムとなり、前記被ばく線量の総量二一一四ミリレムは、この基準量に極めて近い量である。新通達は、法令により義務づけられた健康診断による被ばく線量も業務上の被ばく線量として取り扱つており、この業務上線量が認定基準値に比較的近いものでこれを下廻るときは、健康診断以外の医療による被ばく線量をも加えて基準に該当するかどうかを考慮する必要があるとしているのであるから、前記二一一四ミリレムに敏治の私病による医療上の被ばく線量を加えると、その総量は新通達による基準値をはるかに上廻つている。

(四)  放射線被ばくが白血病の一つの原因であることは医学上の定説であり、被ばくの限界線量がないということも一般的に認められているのであるから、電離放射線障害防止規則の定める基準は、これ以下の被ばくであれば安全である旨の基準ではなく、あくまでも、放射線利用による利益とそれに伴う損害とのバランス点としての基準を示すもので、妥協量あるいはがまん量と呼ばれるべきものである。

三  証拠<略>

理由

一  請求原因(一)、(二)、(四)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  労働者災害補償保険法一二条の八第二項は、労働基準法七九条及び八〇条に規定する災害補償の事由が生じた場合に、補償を受けるべき遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて遺族補償給付と葬祭料の保険給付を行うものと規定し、労働基準法七五条二項は、業務上の疾病の範囲は命令で定めると規定している。労働基準法施行規則(昭和五三年労働省令第一一号による改正前のもの)は、その三五条において、労働基準法七五条二項の規定による業務上の疾病は次に掲げるものとするとして、その疾病を列挙しているので、これによれば、当該疾病を発生させるに足りる有害な業務に従事する労働者が当該疾病にかかつた場合には、業務に起因する疾病として取り扱うこととしたものと解釈することができる。そして、右労働基準法施行規則三五条は、その四号に「ラヂウム放射線、紫外線、エツクス線及びその他の有害放射線に因る疾病」と掲げている。

ところで、一般に業務起因性があるというためには、業務と疾病との間に相当因果関係がなければならず、相当因果関係があるといいうるためには、業務が疾病の条件となつただけでは足りず、最有力な原因である必要はないものの、相対的な関係において有力な原因であることを要するというべきである。

右相当因果関係すなわち業務起因性の立証責任について、原告は、まず、一般的に、労働者側において、「疾病にかかつた労働者が、その疾病の原因と認められる有害業務に従事していた事実」を立証すれば足り、これを否定する側において、「その疾病が業務によらないこと若しくは他の原因によつて生じたものであること」の証明を要すると主張するが、原告のいう、「労働者が、その疾病の原因と認められる有害業務に従事していた」という点において、既に労働者側に具体的な業務起因性の立証が求められていると解すべきであるので、原告の右の主張はこれを採用することができない。

原告は、更に、特に白血病において、前記のように、労働基準法施行規則別表第一の二の七、10に白血病が掲げられていること、また後記三2のような白血病と放射線との特殊な関係に照らし、「電離放射線にさらされる業務に従事した労働者が白血病に罹患した事実」さえ証明されれば、特段の事情のない限り因果関係を肯定すべきであると主張する。

しかし、右施行規則別表の列挙病名は、経験則上一般的に因果関係の認められるものを掲げたという意味に止まり、具体的な場合における因果関係まで推定して、その立証責任を免除したと解することはできない。

また、白血病と放射線との関係は確かに後記三2のとおり特殊ではあるが、同所にもあるように、これはあくまでも放射線防護の観点からの仮定に過ぎないもので、一〇〇レム未満の被ばく線量による白血病発症について疫学的実証はないというのであるから、これを理由に業務と白血病との具体的な因果関係を推定することは、他の疾病の場合の判断との衡平上妥当でない。

よつて、本件においても、業務起因性の立証責任は労働者側である原告にあると解すべきであり、これと異なる原告の見解は採用できない。

以下、本件において、敏治の死亡の原因となつた急性骨髄性白血病が、業務を相対的な関係において有力な原因として発症したといえるか否かを諸般の経過・事情から検討する。

三  白血病について

<証拠略>によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  白血病は造血臓器の細胞の中にある遺伝子が突然変異を起こすことによつて生じるガンであり、その原因としては、患者の身体に起因する内因と外部からの外的要因とがある。この外的要因の一つとして、電離放射線被ばくがあることは認識されているが、当該白血病が電離放射線被ばくによつて生じたものか、それ以外の原因によつて生じたものかを鑑別診断する方法は見付かつていない。

2  放射線防護委員会が昭和四〇年に発表した勧告書によれば、一〇〇レム以上の放射線を被ばくした場合に白血病が誘発されることははつきりしているが、それ以下の線量を被ばくした場合と白血病の誘発との相関関係を疫学的に実証したものはない。しかし、放射線防護の観点から、白血病には、ある一定の被ばく線量に達すると白血病の誘発に影響を与えるといういわゆるしきい線量はないという仮定がとられており、放射線の被ばく線量がどんなに少なくとも、放射線被ばくによる白血病発症の可能性を全く否定することはなされていない。それゆえ、放射線管理における「許容線量」は、安全基準ではなく、「がまん線量」であるともいわれている。

3  電離放射線の被ばくによる急性白血病の発症には潜伏期間があり、三〇歳から四四歳までの成人については六年後あたりで発症し始め、一〇数年後で最高に達するのであるが、被ばくしてから五年以内に白血病が発症するということは疫学的に証明されていない(証人林智は、この点について、「統計的な見方をすれば、二年あるいはもつと短い期間でも発症する例があつておかしくない」と供述するが、右供述は、同人も認めるように疫学的に裏付けられたものでなく、理論上の可能性に過ぎないのであるから、右供述から被ばくから二年以内で白血病が発症するとの事実を認定することはできない。)。

4  個人が自然放射線から受ける被ばく線量は、一年間に一〇〇ミリレムであり、厚生省大臣官房統計情報部による昭和五一年の人口動態統計によれば、三五歳から三九歳の男子が白血病に罹患して死亡する率は、人口一〇万人当たりで三・四人であり、国際放射線防護委員会による被ばく放射線の線量当たりの発ガン数の推定値は一〇〇万人が一レムを被ばくした場合で二〇人である。

四  敏治の従事した作業について

前記一認定の事実に、<証拠略>によれば、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

1  敏治は、昭和三一年九月四日、鋼板形状検定の検査工として訴外会社に臨時作業員として採用され、同年一一月四日、作業員として正規に採用された後、昭和四三年一二月五日、訴外会社君津製鉄所に転勤となつた。敏治は、同月一七日から同製鉄所大径管工場スパイラル鋼管掛に所属し、同日から同月二八日まで実際のエツクス線透視検査作業を伴わない座学による教育講習を受け、昭和四四年一月三日から同年三月五日まで作業現場でエツクス線透視検査作業等の実地教育を受けた後、同月六日放射線取扱者に指名され、同日から大径管工場における非破壊検査業務(原管検定作業)のうちのエツクス線透視検査作業(以下「本件作業」という。)に従事した。その内容は、スパイラル鋼管の溶接部分の肉質を判定する目的のためエツクス線をスパイラル鋼管溶接部に連続的に照射し、溶接部肉質の状態をテレビ画面上に写して検査するものである。

2  本件作業は、次のような手順に従つて行われた。すなわち、担当作業員は、前番者から作業上及び安全上の引継ぎを受け、前後工程の関係者と打合せを行い、担当機器等について始業時の点検をした後、外部操作盤を操作して鋼管を台車の上に搬入する。台車をエツクス線発生器の方に前進させ、鋼管先端をエツクス線発生中心部から二〇〇ミリメートル前方のところまで前進させて、溶接部をエツクス線発生中心部に合わせる。外部操作盤にある内外切替スイツチを内部の方に切替え、エツクス線透視検査室のドアを開けて検査室に入つた後、ドアを閉める。鉛硝子製の窓を通して外部の安全確認をし、エツクス線のスイツチを入れ、エツクス線の発生を赤色回転灯で確認して、検査の対象となる鋼管の板厚に応じた所定の電流及び管電圧を制御器で調整する。台車を前進させながら透視作業を開始し、エツクス線テレビの画面(ブラウン管)に映写された状態を見て溶接部の等級判定をするとともに、遠隔操作で瑕疵のある箇所にしるしを付ける。鋼管の後端が二〇〇ミリメートル残るところで台車の前進を止める。エツクス線制御器で電流・電圧を下げ、エツクス線の電源を落とす。台車を元の位置まで後退させた後、作業員は検査室のドアを開けて外に出る。外部操作盤の内外切替スイツチを外部に切替えた後、鋼管に近付いて、判定した等級結果を鋼管に明示し、瑕疵のある箇所を確認する。検査の済んだ鋼管を台車から下ろし、他に搬出する。

3  大径管工場における非破壊検査業務は、作業員三名ないし四名が一組となつて、昭和四五年三月までは三直三交替、同年四月からは四直三交替で行われたが、敏治は、終始独りで本件作業に従事した。一交替中に検査する鋼管の数は約二〇本であり、エツクス線の照射時間は鋼管の全長検査、手直し検査を平均して、一本につき約三分、全部で約一時間であつた。

五  敏治の罹患した白血病の治療経過について

前記一認定の事実に、<証拠略>によれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  敏治は、本件作業に従事していた昭和四八年三月下旬ころから食欲不振、倦怠感等の症状を繰り返し、同年五月四日に玄々堂坂田診療所に入院したところ、白血球の異常増多が認められて、白血病との診断を受け、同月一一日、君津中央病院へ転医した。

2  敏治は、君津中央病院に入院し、急性骨髄白血病併胃潰瘍との診断を受けたが、その原因については不明であるとされた。

3  敏治は、同月一六日、東京大学医学部附属病院第三内科に転医して入院し、急性骨髄性白血病の傷病名で、輸血、血小板輸血、抗生剤の投与等の治療を受け、一時小康状態を保つたものの、同年一一月八日午前一時一七分、心停止により死亡した。敏治は、同病院の解剖診断においても急性骨髄性白血病とされたが、その白血病は不明の原因により発症したものとされた。

六  敏治の本件作業における被ばく線量について

1  <証拠略>によれば、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(一)  大径管工場スパイラル鋼管掛の工場では、エツクス線による非破壊検査業務作業員は、全員左胸部のポケツト部にフイルムバツジの装着が義務づけられていた。毎日の作業開始前の打合せの際に、工長がフイルムバツジの装着を確認し、その余の作業員も相互にこれを確認していた。作業員のうちにはフイルムバツジを胸ポケツトの中に入れていた者もあつたが、その場合にも止め具が外部から見えたので、これを確認することができた。

(二)  訴外会社は、産業科学株式会社(以下「産業科学」という。)との間に、フイルムバツジの使用について継続的契約を結び、安全衛生課がこれを担当した。同課は、産業科学から送付されたフイルムをデシケーターの中に保管し、使用開始三日前に担当作業長にフイルムを交付した。作業長は、フイルムを更衣室・ロツカー等が備えられた事務所(サブセンター)のデシケーターの中に保管し、フイルムの使用開始日に当たる毎月一日と一六日に工場にフイルムを交付した。工長は、その都度各作業員にフイルムとフイルムバツジ装着メモ用紙とを交付し、同時に各作業員からそれまで使用していたフイルムとフイルムバツジ装着メモとを回収して、これを一時現場の保管箱に保管した後、同日中にこれを作業長に交付した。作業長は、これをサブセンターのデシケーターの中に保管し、各組からの回収を終えると、これらを安全衛生課に交付した。同課は、回収したフイルムを作業員ごとに確認した後、産業科学に連絡して、これを同社に交付した。

(三)  産業科学は、回収したフイルムを所定の測定作業手順に従つて現像処理したうえ、フイルム濃度を測定し、その測定値を確認して、これをフイルムバツジ測定結果書に記載し、その測定結果書を安全衛生課に送付した。

(四)  安全衛生課は、右の測定結果書に基づいて、その結果を各作業員別の放射線取扱者被ばく線量個人表に転記し、その写しを作業長、工長を通じて各作業員に閲覧させ、これを通知した。

(五)  各作業員は、非破壊検査業務に従事していないときは、フイルムバツジをサブセンターの更衣室のロツカーの中に保管していた。

2  <証拠略>によれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  敏治が従事していた本件作業において使用されたエツクス線は、エネルギーが比較的高いものであつて、このようなエツクス線の被ばく線量を測定するにはフイルムバツジを使用することが最も適切であり、かつ、その測定結果を信頼することができる。フイルムバツジの装着は、左前胸部が最も適当である。訴外会社の前記1のようなフイルムバツジ管理状況は適切なものであつた。

(二)  産業科学は、回収したフイルムについて、各フイルター下の濃度を濃度計で測定し、各濃度からかぶり補正用フイルムの濃度を差し引いて、正味の濃度を求めるのであるが、フイルムには線質特性、線量特性、方向依存性、潜像退行の特徴がある。線質特性とは、入射エツクス線のエネルギーで写真濃度が変化する関係をいい、入射エツクス線の線質(実効エネルギー)が異なると、たとえ同一線量が入射されてもフイルムの黒化度が異なる。方向依存性とは、フイルム面に直角の方向からエツクス線が入射した場合と斜めの方向から入射した場合とでは、同一線量でもフイルムの黒化度が異なる関係をいう。潜像退行とは、同一線量を照射して得られる黒化度が、照射してから現像されるまでの時間が長くなると低下するという関係をいう。

(三)  本件において、訴外会社は、およそ一五日ごとにフイルムを交換していたことから、潜像退行による影響は無視することができる。また、測定の対象が均一な比較的高エネルギーのエツクス線であつたことから、線質特性も無視することができる。更に、通常、本件作業は線源を前に見て行われること、線量評価を過大に行うことによつて、仮に横や後ろからエツクス線が入つても、これに包含されることで、方向依存性による不利益な判定は回避できる。

(四)  産業科学のフイルム測定技術は、信頼性が高いものであつた。フイルムの測定最小限界は一〇ミリレムであつた。ある作業員のフイルムから情報が得られない場合には、同一期間に同様の作業に従事した作業員の測定値から推定する方法が採られていた。

3  <証拠略>によれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  訴外会社は、電離放射線障害防止規則の定めに従い、毎年三月と九月の二回定期的に、スパイラル鋼管エツクス線透視装置について、エツクス線照射装置の管口から半径一〇メートルの範囲における漏洩線量率を測定していた。この漏洩線量率は、昭和四五年九月二四日に管口から四メートルの地点のある方向において、毎時一・二ないし一・五ミリレムが測定されたほかは、毎時〇・〇一ないし〇・八ミリレムの範囲内で推移していた。また、検査室における漏洩線量率は、毎時〇・〇二ないし〇・二ミリレムの範囲内にあつた。

(二)  野上寛一は、敏治の要請に基づいて、昭和四五年一一月一四日に検査室の漏洩線量率を臨時に測定し、また、木更津労働基準監督署の要請に基づいて、昭和四八年一一月一四日と一二月二四日に作業現場の漏洩線量率を臨時に測定したが、この各測定結果では、検査室外における漏洩線量率が毎時〇・〇二ないし〇・五ミリレムであり、検査室内におけるそれは毎時〇・〇二ないし〇・〇五ミリレムであつた。

(三)  敏治は、本件作業に従事中、上司に対して事故によりエツクス線の被ばくを受けたというような報告をしたことはなかつた。

(四)  右の(一)及び(二)の各測定に基づく漏洩線量率の数値は、作業場あるいは検査室内部における数値であつて、作業員が被ばくするエツクス線の線量とは異なるものであり、作業員が被ばくしたエツクス線の線量は、フイルムバツジに投影される。また、右の各測定に基づく漏洩線量率は、フイルムバツジの測定結果に疑いを抱かせるほどの値ではない。

4  以上の1ないし3に認定した事実に照らせば、敏治の被ばくしたエツクス線の線量は、同人が装着していたフイルムバツジの測定結果に基づいて認定するのが相当である。

原告は、フイルムバツジの性能(方向依存性、潜像退行、線質特性)及びその装着、回収、保存、記録の面で疑問があるから集積線量を正確に把握しえないと主張するけれども、前記1、2で認定したとおり、産業科学及び訴外会社は、いずれもフイルムバツジの特性を十分に考慮した取扱いをしていて、その装着、回収、保存、記録はいずれも適切なものであつたのであるから、本件において、フイルムバツジの測定結果の信用性を覆すに足りる事情を認めることはできない。

また、<証拠略>によれば、敏治の休務期間とされた昭和四六年一月一六日から同年二月二〇日までの間に、同人の使用したというフイルム二枚が回収されて、その被ばく線量が顕出され、いずれも一〇ミリレム以下のものと測定された事実を認めることができるのであるが、<証拠略>によれば、敏治は、右の休務期間中に三日間くらい出勤して、フイルム二枚を提出した事実を認めることができるのであるから、右のフイルム二枚の測定結果書(<証拠略>)が存在しても、何ら不合理なことではない。

原告は、作業員の背後からのエツクス線照射の可能性、エツクス線シヤツターの故障等による大量被ばくの可能性を主張するが、前記四、六1で認定したとおり、敏治が本件作業に従事するに当たつては、実地教育が行われて、作業手順の徹底が図られていたのであり、また、エツクス線が発生している状態の下では、検査室外の赤色回転灯が点滅するのであるから、作業員がこれに気付かずに、エツクス線を照射したままの状態で、検査室の外で作業を行うことはほとんど考えられず、また、<証拠略>によれば、敏治の性格は、どちらかというと神経質で几帳面であつたというのであるから、敏治が、エツクス線を照射したままの状態で、検査室の外で作業を行うというずさんな行動に出たとは考え難い。<証拠略>によれば、背後からとはいえ作業員が全身にエツクス線の被ばくを受けると、その結果はフイルムバツジに記録されるはずであるというのであるが、敏治の装着していたフイルムバツジの測定結果は、後記5のとおりで、大量被ばくの結果は出ていない。また、<証拠略>には、高圧ケーブルの故障がエツクス線シヤツターの故障に原因があるとの意味にとれる記載があり、証人野上寛一、同田中貢の各証言によれば、確かに敏治の本件作業従事中、本件作業設備であるエツクス線シヤツターは故障していたと認められるが、右各証言によれば、エツクス線シヤツターは、エツクス線透視検査作業を自動で行う場合に、エツクス線の遮断と開放を行い、エツクス線の照射時間を必要最小限度にするという機能を果たすものであつて、敏治の本件作業従事中は、前記四のとおり、右作業は手動であつたから、エツクス線シヤツターの故障は、エツクス線の漏洩とはさして関係がなかつたことが認められる。したがつて、原告の前記主張も、これを採用することができない。

もつとも、<証拠略>によれば、昭和五六年夏ころ、中性子線の被ばく量を測定するフイルムバツジに性能の劣るものが出回つていた事実を認めることができるけれども、<証拠略>によれば、右のフイルムバツジは中性子用のものであつて、エツクス線用のフイルムバツジは右のものと異なり、広く一般に普及していて、性能もすぐれている事実を認めることができる。

5  <証拠略>によれば、次の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  訴外会社は、各作業員ごとに毎月一日から一五日までと一六日から月末までの各測定期間ごとのフイルムバツジ測定結果を記録しており、敏治が本件作業に従事した昭和四四年三月六日から昭和四八年五月三日までの合計一〇一回の測定結果のうち、昭和四四年三月一日から同月一五日までの分、同年一一月一日から同月一五日までの分及び昭和四七年七月一六日から同月三一日までの分の三回についていずれも一〇ミリレムと記録されているほかは、すべて一〇ミリレム以下と記録されている。

(二)  敏治は、エツクス線透視検査作業等の実地教育を受けた昭和四四年一月三日から同年三月五日までの間はフイルムバツジを装着しなかつたが、その期間に敏治を指導した蕨繁男の合計五回にわたるフイルムバツジの測定結果には、いずれも一〇ミリレム以下と記録されているから、敏治も、これと同量のエツクス線に被ばくしたものと推定することができる。

したがつて、右の事実によれば、敏治が本件作業に従事したことによつて被ばくしたエツクス線の線量は、少なくとも三〇ミリレムであつたことは明らかであるが、その上限については、右の(一)の最大値である一〇一〇ミリレムと(二)の推定による最大値である五〇ミリレムとを合算した一〇六〇ミリレムを上廻るものでなかつたと認めるべきこととなる。

七  敏治の医療上の被ばくについて

1  <証拠略>によれば、敏治は、昭和三二年以降、慢性副鼻腔炎、胃炎等の私病により休職しているが、昭和三九年六月一七日から昭和四二年七月二八日までの間に、胃透視として九日間にわたり合計八九回の撮影を受け、胆のう検査のために一日に一二枚の写真撮影を受けて、医療上の被ばくを受けており、これによる被ばく骨髄線量は、推定で合計一万〇八六〇ミリラド(外部被ばくゆえミリレムと読み替える。)に達したことが認められ、これに反する証拠はない。

2  <証拠略>によれば、敏治は、昭和三一年八月七日から昭和四八年一月二二日までの間、訴外会社において定期健康診断による胸部エツクス線間接撮影を合計三一回受診したが、この三一回のうち敏治が本件作業に従事していた期間にあつては、実地教育の期間も含めて九回であり、放射線医学総合研究所物理研究部の調査に係る昭和五〇年における胸部エツクス線間接撮影による国民平均骨髄線量の推定によれば、成人男子の胸部エツクス線間接撮影一回当たりの平均骨髄線量は三四ミリラド(前記同様ミリレムと読み替える。)であることが認められる。したがつて、これによると、敏治が訴外会社において三一回の定期健康診断で受けたエツクス線の被ばく線量は合計一〇五四ミリレムであり、本件作業従事中の九回の定期健康診断で受けたそれは合計三〇六ミリレムとなることが認められ、これに反する証拠はない。

八  認定基準について

1  <証拠略>によれば、白血病は、その原因及び発生の機序が医学上明確になつていないため、その業務起因性の判断にはかなりの困難を伴うものであり、そのため労働省労働基準局長は、電離放射線に係る疾病についてその業務上外の認定の取扱いの統一を期するため、昭和三八年三月一二日付け基発第二三九号をもつて各都道府県労働基準局長へ宛て「労働基準法施行規則第三五条第四号に掲げる疾病の認定基準の改訂について」と題する通達(旧通達)を出しており、これは、電離放射線障害の業務上外の認定基準の検討に関する専門家会議によつてまとめられた結論に基づく昭和五一年一一月八日付け基発第八一〇号「電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準について」と題する労働省労働基準局長通達(新通達)によつて廃止され、その後は、この新通達が電離放射線に係る疾病の業務上外の認定基準となつていること、新旧各通達の認定基準の内容は、ほぼ被告主張のとおりであることが認められ、これに反する証拠はない。

2  新通達による認定基準の内容を検討するに、<証拠略>を総合すれば、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  新通達は、電離放射線に被ばくした後、比較的長い潜伏期間を経て現れる悪性新生物に該当するものとして白血病を掲げ、白血病の「業務上の疾病」を認定する要件として、

(1) 相当量の電離放射線に被ばくした事実。

(2) 被ばく開始後少なくとも一年を超える期間を経た後に発生したこと。

(3) 骨髄性又はリンパ性であること。

の三つを要求し、更に(1)の相当量については、業務により被ばくした集積線量が〇・五レム電離放射線被ばくを受ける業務に従事した年数を乗じた値以上の線量としている。右の〇・五レムについては、職業上の許容線量は年五レムであるが、労働者側にできるだけ有利な認定をするとの見地から、国際放射線防護委員会の一九六二年勧告に基づく一般公衆の許容基準年〇・五レムを採り入れて定められたものである。

(二)  また、新通達は、白血病の発生が業務上の被ばく線量に医療上等の被ばく線量が加わつて発生することが多いことに鑑み、業務による電離放射線被ばく線量が、前記〇・五レムに従事年数を乗じた値に比較的近くてこれを下廻るときには、国際的には例をみないものの、労働安全衛生法等の法令により事業者に対し義務づけられた労働者の健康診断を実施したことによる被ばくを業務上の被ばくと扱い、その線量を加えて「相当量」に当たるか否かを判断することとした。

3  原告は、法令により義務づけられた健康診断による被ばくはそもそも業務による被ばくとして扱つて、当初からの被ばく線量に含めて相当量を判断し、その値が〇・五レム従事年数を乗じた値に近くてこれを下廻るときには、右健康診断以外の医療被ばくによる線量も加えて判断すべきであると主張する。確かに、新通達による認定基準の解説中の当該部分の文章は若干紛らわしいが、その文意を合理的に解釈すれば、健康診断による被ばく線量以外の医療被ばく線量まで加算して業務起因性を判断しようとしているとまでは到底解することができず、その策定に当たつた証人吉澤康雄の証言によれば、討議の過程において、原告が主張するような見解も提示されたが、結局のところ右見解は採用されなかつたことが認められるので、かかる事情に照らせば、原告の右主張は採用することができない。

4  そこで、本件を新通達の認定基準に基づいて考えてみると、前記2(一)の(2)、(3)の要件の充足はある。同(1)の要件についてみると、前記四認定事実によれば、敏治の本件作業従事年数は約四年四か月であるから、所定の〇・五レムに四と三分の一年を乗じて二・一六六(小数点第四位以下切捨)レムで、約二一六六ミリレムが相当量というべきところ、敏治の本件作業による放射線被ばく線量は前記六のように三〇ミリレム以上一〇六〇ミリレム以下であつて、その最大値をもつてしてもこれに充たない。

そして、右一〇六〇ミリレムは、二一六六ミリレムに比較的近い値とは解することができないので、一〇六〇ミリレムに、敏治の健康診断による被ばく線量を加えて判断すべき場合にも該当しないというべきであつて、結局、新通達の認定基準によれば、敏治の白血病が業務上の疾病であつたということは到底できないこととなる。

原告は、敏治の本件作業従事年数を、病欠日数を差し引いて四年と八九日であつたと主張するが、このような考え方は、実際の従事日数を問題にすることとなり、妥当とはいえない。仮に右の日数で計算しても、相当量は、二一二二ミリレムとなつて、これに敏治の一〇六〇ミリレムは比較的近い値とはいえないので、前記の結論に変わりはない。

九  業務起因性の判断

以上に認定した事実等を総合して、敏治の死亡した原因である白血病が、本件業務を相対的な関係において有力な原因として発症したといえるか検討する。

まず、敏治の本件作業による被ばく集積線量は、前記六のとおり、三〇ミリレム以上一〇六〇ミリレム以下であつて、前記八のとおり、労働者にとり相当有利な判定方法を採用したといえる新通達の認定基準においても、業務上の疾病と認める相当量に該当しないことが認められる。

一方、敏治の昭和三九年六月から昭和四二年七月までの私病による医療被ばく集積線量は、一万〇八六〇ミリレムであつて、本件作業による最大被ばく線量一〇六〇ミリレムの約一〇倍に達する値である。

また、敏治の、訴外会社の定期健康診断におけるエツクス線被ばく集積線量は、前記七2のとおり、入社以来のもので一〇五四ミリレムに達するが、右健康診断は法定のものとはいえ、労働者の利益のために設けられた制度であるから、この被ばく線量を直ちに業務上のものとみなすことは妥当でないというべきである。したがつて、敏治の業務被ばく線量を前記一〇六〇ミリレムに右一〇五四ミリレムを加えて算出する見解には組しないが、仮にそうとしても、合計は二一一四ミリレムとなり、前記の私病による医療被ばく線量のなお約五分の一の値である。

更に、前記三3によれば、放射線被ばくによる白血病発症の潜伏期間はほぼ六年以上で、五年以下の発症は疫学的な証明がないと認められるところ、本件においては、前記四、五によれば、敏治が最初に本件作業に実際に携わつたのは、昭和四四年一月三日であり、かつ、最初に白血病と診断されたのは、昭和四八年五月一〇日であるから、本件作業による被ばくから白血病の発症までは、約四年四か月以下の期間しか経過していないのであつて、前記潜伏期間とそごがある。

以上の諸点を総合して考えると、敏治の本件作業によるエツクス線の被ばくが、敏治の死亡する原因となつた白血病の、相対的な関係において有力な原因であつたと認めるには、未だ不十分といわなければならない。

一〇  結論

そうすると、本件において、敏治の死亡が業務上の疾病による死亡に当たるということはできず、これと結論を同じくする被告の本件処分には、違法な点はないから、右処分の取消しを求める原告の請求は理由がない。

よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆 池本壽美子 小野洋一)

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